5.東洋思想と東洋医学
ここでいう東洋医学は中国伝統医学を指します。東洋医学は中国の伝統的な思想に基づいた理論で構成されています。
(1) 鍼灸における伝統的な医学書
鍼灸では、以下の伝統的な医学書から現代まで受け継がれています。
① 馬王堆漢墓医書:紀元前200年前のお墓から出土。「陰陽十一脈灸経」「足臂重一脈灸経」など経絡の原型が記されている。
② 黄帝内経:中国で最も古い医学古典。2000年ぐらい前に成立したと考えられている。黄帝内経には素問と霊枢がある。
(1)素問:根源に対する問答を意味し、生理、病理、診断、治療、養生法などが記されている
(2)霊枢:主として鍼医学として基本となる身体の働きや組織、また鍼の具体的な運用法などが記されている
③ 難経:黄帝内経の難解な部分を問答形式で記されている。
(2) 天人合一論
天人合一論とは、天(宇宙や自然)の働きと人間の活動、営みは同じものだという考え方です。私たち人間も宇宙、自然の一部であり宇宙(自然)の法則からは逃れられることはできません。
宇宙の法則に逆らう日常生活習慣は病気を生み出し、従う生活は健康を生み出します。
また宇宙を大宇宙とみなし、人間を小宇宙とみなし、両者は同じものだという考えでもあります。
(3) 気の思想
これは、私たち人間も見えない「気」からできている思想です。父親と母親の精気を受けて一つの生命が始まります。これは見えない気の力(太極)が働いてこそ生命が誕生します。そして、形を得た生命はある程度の時間、空間を生き、また見えない気の不足により生命を終えます。
お灸施術への応用=精気(生命)を意識=心身全体に影響を与えるツボを選択、1か所のツボのみ選択
(4) 陰陽論
すべての物事や事象は天地、上下、左右、前後など「陰」と「陽」の対立するの2つに分類され、お互いが過不足なく補い合いながらバランスを取り合って存在しています。分けるのではなく常に一体化しています。
陰は静的、陽は動的なイメージがあります。陰陽の相互関係には、以下の特徴があります。
① 対立と互根(依存):陰と陽は上下、左右、前後など相反する属性で成り立ち、どちらか片方だけでは成立しない
② 対立と制約:陰と陽は対立はしますが、お互いが過剰にならないように抑制する働きがあります。
③ 消長と転化:消長は、陽が増えると陰が減る、陰が増えると陽が減るように互いが増減しながらバランスを保つこと。転化は、陰陽のどちらかが、一定の程度・段階を過ぎると反対側に転じること(陽極まれば陰転、陰極まれば陽転)
④ 可分:物事は条件によって無限に陰陽に細分化することができる
鍼灸施術の応用=上下、前後、左右、虚実、補瀉、表裏、寒熱=バランスを整える
お腹の症状に対して背中のツボを選択、顔面の症状に対して手足のツボを選択、手足の症状がある反対側のツボを選択
(5) 五行論
五行の成り立ち
もともと宇宙を構成する5つの材料、物質「木・火・土・金・水」の5種でこれらが互いに関係する。太極から陰陽の2相ができ2相からさらに2相が作られます。太極を大元の「土」として老陽「火」、少陰「金」、少陽「木」、老陰「水」が派生します。
五行の関係性
五行の相生・相克・相乗・相侮関係:「木・火・土・金・水」の5種の素材を循環的な産生、制約関係を理論にしたものです。
相生:1つの素材が別の素材を生み出す循環的な関係。木生火、火生土、土生金、金生水、水生木。生み出す素材を「母」生み出される素材を「子」とも言う
相克:相互に制約し合う関係。木克土、火克金、土克水、金克木、水克火。
相乗:相克が過剰に起こっている異常な関係。克する素材が強すぎる、克される素材が弱すぎる
相侮:相克が反対の方向に起こる異常な関係。克する素材が弱すぎる、克される素材が強すぎる
お灸施術の応用:「虚(不足しているもの)すればその母を補い(足す・増やす)、実(有り余っているもの)すればその子を瀉す(引く・減らす)ツボを選択する
(6) 蔵府論
蔵象は、東洋医学で言われる「内臓」のことです。
東洋医学では、内臓を単なる物質的な物だけではなく、生理的、病理的、精神活動を含めた、それぞれ固有の働きを持ったものとしての観方をします。「象」とは、外側から観察できる生理的、病理的な現象をいいます。
蔵府は、蔵と府に分けられ、蔵には、肝、心、脾、肺、腎、心包(六蔵)、府には、胆、小腸、胃、大腸、膀胱、三焦(六府)が配属されます。
心包と三焦について
通常、内臓を表現する時は「五臓六腑」といいますが、六臓六腑とする場合は、六臓目は心包、六腑目は三焦となります。
心包を五臓五腑全体を包む三焦と表裏一体の「膜状の臓」と観ることも可能で、特に鍼灸での心包・三焦両経絡の表裏(陰陽)関係(経絡のところで説明)を考慮すれば、六臓六腑も可能となります。
現在、内臓は臓腑として漢字で表しますが、東洋医学の古典では、使われていません。東洋医学で言われる内臓は、現代医学の実体よりも精神を含めた幅の広い生理機能を有しているため、蔵府と表示します。幅広い生理機能の説明はここでは割愛します。
お灸施術の応用=それぞれの蔵府に影響を及ぼすツボを選択
(7) 経絡論
経絡は、気血の通り道として蔵府と身体各部及び、体表を繋がる通路の役割を果たします。内側は蔵府と繋がり、外側は体表に繋がります。人体の縦方向に走る経脈と身体各部に広く分布する絡脈からなります。蔵府と繋がりをもつ経絡は十二正経と呼ばれ、気血が手太陰肺経から足厥陰肝経の経絡を循環を繰り返します。
経絡は以下の特徴があります。
① 内臓や筋肉、皮膚に気血を巡らせ、身体の健全な生理活動を行います。
② 気血の過不足などによって病気の生じる所にもなります。
③ 診断や施術を施すところでもあります。
経絡の構成は図のようになりますが、特に重要視されているのが正経十二経脈、任脈、督脈です。
正経十二経:陰と陽の経絡の2つに分けらます。陽経は、陽明、太陽、少陽に分けられ、陰経は、太陰、少陰、厥陰に分けられます。また、手をめぐる経脈と足をめぐる経脈があり、手の三陰経、足の三陰経、手の三陽経、足の三陽経の計12本あります。陰経は六蔵に繋がり、陽経は六府に繋がって各陰経と各陽経は表裏関係にあります。
任脈・督脈:任脈、督脈は身体の正中線にあり、任脈は前側、督脈は背中側にあり、他界に頭頂(百会)、会陰にて繋がっています。
お灸施術の応用:蔵府に関連した経絡上にあるツボを使用する
(8)経穴について
経穴はいわゆる「ツボ」と呼ばれる部分です。経穴を指で触れてみると凹んでいる、圧痛がある、ざらついているなど周りの皮膚と違った感覚があります。
経穴は身体のなんらかの反応を起こしている部分です。WHO(世界保健機構)で認められている経穴は361ありますが、実際は名称のない経穴(阿是穴:あぜけつ)もあり全身に無数に存在します。
経穴は鍼灸施術では、診断、施術、効果の判定部分でもあります。
お灸施術への応用:
科学的根拠に基づくツボ=阿是穴(圧痛点、反応点、トリガーポイントなど)、症状に対して経験的な観点から使われるツボとして選択
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