お灸について

知熱灸

「灸は身を焼くものにあらず、心に灯りをともすものなり」

これは、弘法大師(空海)がお灸について述べた文です。そんなんです、お灸は、私達に希望や夢、喜びを与えるものなんです!

 

こんにちは。豊橋市の伝馬町鍼灸院 院長の川添です。

 

お灸は、鍼と同様に中国から、心身の健康の回復、維持、増進を行う医術として伝えられ、日本独自の発展を遂げながら今日に至っています。しかしながら、昨今、鍼灸師を養成する学校でもお灸施術はあまり教えらていない傾向があり、実際はり施術は臨床の場で行われていますが、お灸施術は行っていない施術所が増えてきました。

 

私は、平成5年(1993年)にはり師、きゅう師、あん摩・マッサージ・指圧師の国家資格を取って以来、鍼灸・マッサージ業界に携わってきましが、ようやくお灸を社会にもっと知ってもらいたい、広げたい気持ちが芽生え、このページを作成する気になりました。

 

お灸について、皆さんが少しでも理解していただけると嬉しいです。

お灸とは?

お灸は、鍼と同様に、体表にあるツボに機械的刺激を与え、その刺激に対して、体がベストの健康の状態に再生しようとする反応を利用する行為で、同じ中国から伝えられた口から入れる漢方薬とは異にしています。

 

鍼は、先の尖った金属を、体表にあるツボに対して、皮膚を貫通させ皮膚や筋膜、筋肉に傷(侵害)を与えたり、皮膚の表面にある感覚センサー(触圧受容器、ポリモーダル受容器など)を刺激して、神経系、経絡(気の通り道)を介して身体をベストの健康状態に再生する行為です。

 

お灸は、もぐさなどを体表にあるツボに対して、皮膚の上に直接、または間接的に置いて燃焼させ、その「熱」で温度感覚センサーに刺激を与え、神経系、経絡を介して身体をベストの健康状態再生する行為です。

お灸の起源

原始人

お灸は「中国から伝来された医療行為」ですが、いつ頃日本に伝来されたのかというと、今からおよそ、1500年前、飛鳥、奈良時代、遣隋使、遣唐使が中国へ行き来して仏教とともに日本にもたらされたといわれています。

 

日本のお灸は、鍼と同様に1500年の歴史があるのです。

 

では、大元の中国では、お灸はいつごろから始まったかというと、今から170万~69万年前の旧石器時代には、「火」を扱っていた痕跡があり、20万~5万年前に、人類はすでに人工的に火を起こすことができ、温罨法(おんあんぽう~患部に何らの熱刺激を与えて症状を和らげること)や灸をしていたことがわかっています。(中国医学の歴史 東洋学術出版 中国医薬史年表から)

 

紀元前1700年~紀元前1100年ごろには、「疾病」という言葉が作られ、鍼、灸、あん摩、薬物を用いた医術が現れます。(中国医学の歴史 東洋学術出版 中国医薬史年表から)

 

中国最古の医書の現物は、1973年に発掘された、紀元前200年頃のお墓から出てきた馬王堆漢墓医書です。この中には、気の通り道である経絡がまだ確立されていなかった当時の医書が含まれていて、お灸がすでに体系的に行われていたことがわかっています。

 

およそ2000年前には「黄帝内経」という中国医学最古の医学書が成立し、陰陽五行論に則ったお灸が鍼とともに医療、医術行為として存在していたことがわかっています。

 

こうしてみるとお灸の起源は、人類が「火」をコントロールできる時代に遡ることができます。

日本のお灸の歴史

奈良の大仏

飛鳥、奈良時代に中国から伝来したお灸は、鍼とともに律令制度の基、鍼や灸を行う管理職として行われていました。

 

平安時代にお灸は急速に普及しました。貴族・鍼士である丹波康頼(たんばやすより)が「医心方」という日本で最古の医学書を編纂しました。丹波康頼は鍼士だけあって医心方には、鍼灸について詳しく書かれています。

 

鎌倉時代は、仏教の僧侶がお灸を庶民に普及するきっかけとなりました。鎌倉時代に成立されたとされる軍記物語の「平家物語」には、お灸を傷口に据えて止血、消毒する使い方が書いてあります。お灸は鎌倉時代には、庶民にも普及していたようです。

 

戦国時代はさらにお灸は庶民に浸透してゆきます。武士は頭にお灸をして中風(脳血管障害)を防いでいたそうです。(いづれも お灸ばなしあれこれ 福西左元著 冬青社)

 

江戸時代には、日本独自のお灸が発展しました。地域性のあるお灸のやり方や「家伝の灸」「弘法の灸」などが発展しました。俳人松尾芭蕉は、「奥の細道」で、足三里にお灸をすえたことが載っています。江戸時代にはお灸は日常生活に溶け込んだ形で当たり前の健康管理の一つとして受け入れられていたのでしょう。

 

江戸時代の本草学者、儒学者である貝原益軒の著作の「養生訓」には、健康法としてお灸が紹介されています。

 

江戸時代に来日したオランダ商館付きの医師であるエンゲルベルト・ケンペルは、二年間の日本滞在の見聞を元に「日本誌」を執筆し、ヨーロッパに日本のモグサをMoxaとして紹介しています。現在、英語で灸施術はmoxibustionと呼ばれますが、語源がmoxaであることは、間違いありません。それだけ江戸時代には、灸療法は優れたものになっているのかがわかります。

 

明治時代になると、富国強兵のあおりを受け、西洋医学が導入されると鍼灸は湯液(漢方薬)と同様に急速に捨てれてしました。鍼灸に携わる方のおかげで、鍼灸は営業資格として残りましたが、お灸は民間療法として世間に認められていました。中にはお灸を研究して論文を発表する医師も現れました。原志免太郎博士は、お灸で博士号を取られた最初の医師で、50年以上にわたり、足三里に毎日お灸をすえて104歳まで現役医師として活躍して108歳まで生きました。

 

戦後は、GHQにより、鍼灸の廃止が叫ばれましたが、業界団体が存続を要請して、法律で守られるようになりました。

 

現在は、お灸の形も台座のついたお灸が薬局にも売られ、業者さんもお灸の普及に一役買っておりますが、ほとんどお灸が日常生活から忘れられている状況です。

艾(もぐさ)について

お灸は艾(もぐさ)を使いますが、艾は何から作られるかご存知ですか?

 

艾はヨモギの葉っぱから作られます。

 

よもぎは、キク科の野生に生息する多年草です。身近なものから作られます。夏には1メートル前後に成長して、秋にかけて多数のちいさな白い花を咲かせ、日本全国に自生しています。

 

よもぎといえば、和菓子好きの人ならすぐにわかりますよね。そうです、草餅にも使われる葉っぱです。

 

よもぎは、あちこちに生える草から「四方草」、よく萌え出る草から「善萌草」、よく燃える草から「善燃草」などと呼ばれます。また関西では、ヤイトグサ、モチクサとも呼ばれます。

 

生の葉っぱは、手のひらで揉んで、虫刺され、切り傷、打撲、水虫などに使用します。漢方薬としては、「芎帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)」と呼ばれ、主に痔の出血、産後出血、機能性子宮出血、月経異常、腸出血、血尿、紫斑病、習慣性流産など主に「血の病」に使用されます。

 

また、よもぎには、邪気を払う植物として、端午の節句の際によもぎを軒先に置く習わしがあります。

 

よもぎの葉の裏をみると、灰白色の毛がついています。もぐさはこの葉っぱの裏にある灰白色の綿毛から作られます。この繊毛によもぎ独特の香気成分である「シネオール」などの精油成分が含まれています。

 

産地は、中国では、主に湖南省、日本では長野、新潟、富山、滋賀、秋田、四国などですが、新潟が全生産の80%を占めています。

  • よもぎ
  • もぐさ

お灸の種類

お灸には、様々なやり方があります。大きく分けると、皮膚に痕が残る有痕灸と痕の残らない無痕灸があります。

有痕灸

有痕灸は、皮膚に直接もぐさをのせ、点火してもぐさを最後まで燃えきり、皮膚に火傷を生じさせ、それに伴う生体の反応を促す方法で灸痕が残ります。それには以下のものがあります。

透熱灸(とうねつきゅう)

透熱灸

透熱灸は、適度な大きさのモグサを直接皮膚に載せ、点火しすべて肺になるまで焼き切る方法です。身体にわざと灸痕を残す強い刺激で血流を良くしたり、自然治癒力を高めます。日本の伝統的なやり方です。

 

もぐさの大きさは、体質や目的に合わせて、糸状、半米粒、米粒、あずき、大豆と様々です。

 

写真は合谷というツボに米粒大のもぐさをのせてお灸をしているところです。

 

あらゆる体調不良に使われます。

焦灼灸(しょうしゃくきゅう)

焦灼灸は、イボや魚の目、タコなど、細胞組織を焼き切り、タンパク質の熱変性でそれらを取り除くやり方です。患部が突き出ている所であれば、綿糸で根本を縛り、透熱灸と同じようにもぐさが燃えきるやり方を何回も行います。

 

熟練したテクニックが必要なので、最近ではほとんど行われていません。

打膿灸(だのうきゅう)

打膿灸は、手の親指ぐらいの大きさのもぐさを皮膚の上に直接のせ点火し、もぐさが完全に燃えきるまで燃やし、わざと火傷をつけ、膿を出させるのが、最大の特徴です。火傷をつけるだけですから、かなり熱いです。

 

地域によっては「弘法の灸」「富士の灸」と呼ばれています。

 

神経機能の調整や、菌の排泄、ヒスタミンの生産などを目的としますが、一部の施術所で行われているぐらいで、これもほとんど行われていません。

無痕灸

無痕灸は、お灸の痕を残さないように、強い刺激を和らげる目的で行う灸で、お灸の痕が残らず、柔らかい温熱感が体に伝わります。それには、以下のものがあります。もぐさを皮膚に直接載せて行う、皮膚ともぐさの間に物を挟む、皮膚ともぐさの間に空間を作るやり方があります。

 

a. 隔物灸:隔物灸は、皮膚ともぐさとの間に物を挟んで行う方法です。これには、台座灸、ビワの葉灸、くるみ灸、押灸、みそ灸、にんにく灸、ショウガ灸、竹筒灸、焙烙灸、塩灸などがあります。

 

b. 温灸:温灸は、もぐさを皮膚に直接のせまずが火傷をつくらないように素早く燃えているもぐさを取り除く方法や、

皮膚ともぐさとの間に空間を作る方法です。これには、知熱灸、灸頭鍼、棒灸、箱灸、円筒灸などがあります。

 

c. その他:もぐさを全く使用せず、薬物を皮膚に直接塗り、薬物の刺激を皮膚に与える方法です。これには、水灸、うるし灸、紅久、油灸、硫黄灸、墨灸などがあります。

 

これらのうち、いくつかをご紹介します。

知熱灸

知熱灸

知熱灸は、米粒ぐらいの大きさから、手の親指ぐらいの大きさのもぐさを皮膚の上に直接のせ、温感・熱感を感じたら速やかに取り除く温灸法です。

 

熱さを感じて、燃えているもぐさを取り除く絶妙なタイミングが受け手の快感度に影響を与えます。

台座灸

台座灸

台座灸は、もぐさの下に台座が取り付けてあり、底部がシールになっており、点火してツボの上に貼りつけて、ピリピリ感を感じたら取り除く隔物灸で、現在最もポピュラーなお灸法です。

 

薬局やネットで手軽に手に入れることができて、ご自身でお灸をすえることができます。

円筒灸

円筒灸

円筒灸は、円筒にもぐさが入っていて、それを少し押し出して、点火し皮膚の上にのせて行う温灸です。

 

これも手軽に自分でできます。ネット販売で購入できます。

灸頭鍼

灸頭鍼

灸頭鍼は、刺入した鍼の頭に手の親指大のもぐさをのせ、点火して、もぐさが燃えきるまで燃やす温灸法で、もぐさの輻射熱を利用した方法です。「温灸鍼」「頭鍼灸」とも呼ばれています。

 

冷え症、肩痛、腰痛などに使われます。

棒灸

棒灸は、棒状に包んだもぐさの先に点火して、片手で鉛筆を持つように棒状のモグサを持ち、皮膚の上から身体を温める方法で、皮膚への距離を縮めたり離したり、皮膚の上で円を描いたりして温める温灸法です。棒もぐさを、ホルダーに取り付けて行う方法もあります。

 

また、布や紙を折り重ねて皮膚の上に置き、棒もぐさの燃焼部で押圧する方法は「押灸」と呼ばれ、最近では、金属容器にもぐさを入れて押し当てる方法があります。

 

またビワの葉を置いて行うビワの葉灸もあります。

  • 棒灸
  • 取っ手のついた棒灸

ショウガ灸

ショウガ灸

ショウガ灸は、皮膚の上に直接1mm程度にスライスしたショウガをのせ、その上にもぐさをのせて温める隔物灸です。ショウガの薬理作用とお灸の温熱刺激が相乗的に働き血行を促します。

焙烙(ほうろく)灸

焙烙灸

焙烙とは、素焼きの平たい土鍋で、お盆の時にそれを使って迎え火、送り火をすることがあります。その俸禄に上にもぐさをのせ、点火して頭の上に焙烙を置き、頭に心地よい熱感が浸透する隔物灸です。

 

よく夏の土用の丑の日に、お寺さんなどで年中行事として行われています。

 

夏バテ防止、暑気払いなどの目的行われます。

竹の輪灸

竹の輪灸は、5cmぐらいの竹筒にもぐさを詰め込み、点火して、竹が温まったころを見計らって、皮膚の上を直接ころころと転がして隔物灸です。

 

艾の温感と竹筒の心地よい押圧感が楽しめます。

  • 竹の輪灸1
  • 竹の輪灸2

お灸の効果的作用

お灸には、身体に対してどのように働くのでしょうか?

 

お灸には身体に対して以下のように作用します。

(1)調整作用

調整作用とは、お灸をすえることによって身体の異常に興奮しているとか麻痺している部分のバランスを整える作用を言います。それには以下の作用があります。

 

a. 鎮静作用:痛みや痙攣のような働きが異常に興奮しているような部分に対して、鎮静させるように働きます。

 

b.興奮作用: 感じ方が麻痺している、筋肉がうまく動かない、内臓の働きが落ちているなど、神経や内臓などの働きが衰えているような部分に対して、興奮させるように働きます。

(2)誘導作用

誘導作用とは、働きが異常になっている部分に直接、もしくはその部位から離れた所を刺激して、血管をに影響を及ぼし、異常な部分の血流の改善を促す作用です。それには、以下のものがあります。

 

a. 患部誘導法:ある部分の血行障害に対して、直接その部分にお灸をすえて、血流を他の健康部位から誘導する作用です。

 

b. 健部誘導法:ある部分の充血や炎症の際に、その部分より隔たった部分にお灸をすえて、充血や炎症の部位の血流を誘導する作用です。

(3)反射作用

反射作用は、体の異常な部分と関連した部分に刺激を与えて、反射を利用して、異常な部分の働きを改善する作用です。

 

例えば、内臓の機能異常が、背中の体表面に現れている場合、背中にお灸をすることで内臓の働きを改善することができます。

 

(4)その他の作用

a. 消炎作用:お灸をすえることで、白血球が増え、炎症を起こしてる部分に遊走し、炎症を抑える働きです。

 

b. 防衛作用:消炎作用と同様に、炎症を抑えると同時に、白血球を増やし、免疫能力を高め感染を防ぐ働きです。

 

c. 転調作用:自律神経失調症やアレルギー体質を改善し、体調を整える働きです。

お灸はなぜ効くの?

お灸は、人類が火をコントロールできる時代から現在まで数百万年前から体に良い良い影響を与えることから、ある種の病に効果的に作用することがわかり、今日まで面々と伝承されてました。鍼施術と同様に、現在様々な角度から科学的な研究が盛んに行われていますが、未だに明確な答えは見出されていません。

 

ただいくつかの学説がありますのでここにご紹介します。

 

 

 

 

(1)ヘッド氏帯説

ヘッド氏帯とは、内臓に問題が生じると、その内臓と同じ神経支配の領域の皮膚に何らかの異常がみられることから、内臓と同じ神経を支配する皮膚領域を皮膚分節(デルマトーム)といって1889年にヘッド氏が確証したのでそう呼ばれています。

 

ヘッド氏帯に現れた知覚異常に対してお灸などの刺激を与えれば、問題のある内臓になんらかの影響をことができるというものです。

 

内臓から皮膚に何らの刺激の反応が現れる場合を内臓体性反射、反対に皮膚から内臓に何らかの刺激の反応が現れる場合を体性内臓反射といいます。

 

(2)蛋白体療法説

お灸による火傷はその部分の組織を熱で変性させます。これがヒストトキシンが産生され、これにより、免疫が刺激され免疫力が高まるという説です。

 

(3)刺激療法説

お灸の熱刺激は、皮膚の知覚神経を刺激して、抹消神経を介して中枢神経である脊髄や脳に伝達され、脊髄や脳からの指令に対して刺激に対する処置として体に良い影響を与える説です。

(4)対内分泌療法説

お灸の熱刺激が、その皮膚の部分に炎症物質を作り出し、その炎症物質が血液を含む体液に流れ、内分泌機能に影響を与え、様々なホルモンが血流に乗り、体のバランスを整えるであろうとする説です。

(5)非特異ストレス療法説

ハンスセリエのストレス学説から、お灸による皮膚への刺激がストレスッサーの1つとして作用し、脳下垂体ー副腎皮質系に働きかけ、副腎皮質ホルモンが増え、これが身体に良い影響を与える説です。

(6)対自律神経学説

お灸の熱が、皮膚にある温覚や痛覚、侵害受容器を刺激して知覚神経を介して脳にある自律神経の中枢である視床下部に到達して、視床下部から自律神経を介して内臓や血管に影響を及ぼす学説です。

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